ヤコビアン(ヤコビ行列/行列式)の定義を示します.ヤコビアンは多変数関数の積分(多重積分)の変数変換で現れます.2次元直交座標系から極座標系への変換を例示します.微小面積素と外積(ウェッジ積)との関係を調べ,面積分でヤコビアンに絶対値がつく理由を述べます.
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ヤコビ行列の定義
(1)
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をヤコビ行列(Jacobian matrix)という.
なお,変数変換(1)において,がの従属変数であることが明らかであるときには,ヤコビ行列を
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と書くこともある.
ヤコビアン(ヤコビ行列式)の定義
一般に,正方行列の行列式(determinant)は,,, などと表される.
上式(3)あるいは(7)で与えられるヤコビ行列 が,特に の正方行列である場合,その行列式
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(7)
が定義できる.これをヤコビアン(ヤコビ行列式 Jacobian determinant)という.
英語ではヤコビ行列およびヤコビ行列式をJacobian matrix および Jacobian determinant といい,どちらもJacobianと呼ばれ得る(文脈によって判断する).日本語では,単にヤコビアンというときには行列式を指すことが多く,本稿もこれに倣う.
ヤコビアンの意味と役割:多重積分の変数変換
ヤコビアンの意味を知るための準備:1変数の積分の変数変換
ヤコビアンの意味を理解するための準備として,まず,1変数の積分の変数変換を考えることにする.
(8)
(9)
を満たす新しい変数による積分で書き換えよう.積分区間の対応を
(10)
とする.変数変換(9)より,
(11)
(12)
(13)
となる.
(14)
ではなく,式(12)および式(13)において,変数変換(9)の微分
(15)
が現れていることに注意せよ.変数変換は関数(9)に従って各局所におけるスケールを変化させるが,微分項(15)はそのスケールの「歪み」を元に戻して,積分の値を不変に保つ役割を果たす.
上記の1変数変換に関する模式図を,以下に示す.
ヤコビアンの役割:多重積分の変数変換におけるスケール調整
多変数の積分(多重積分において),微分項(15)と同じ役割を果たすのが,ヤコビアンである.
簡単のため,2変数関数を領域で面積分することを考える.すなわち
(16)
(17)
を満たす新しい変数による積分で書き換えよう.変数変換(17)より,
(18)
である.
また,式(17)の全微分は
(19)
(20)
である(式(17)は与えられているとして,以降は式(20)による表記とする).
1変数の際に,微小線素からへの変換(12)
で,が現れたことを思い出そう.結論を先に言えば,多変数の場合において,このに当たるものがヤコビアンとなる.微小面積素からへの変換は
(21)
となり,ヤコビアン(ヤコビ行列式;Jacobian determinant) の絶対値 が現れる.この式の詳細と,ヤコビアンに絶対値が付く理由については,次節で述べる.
変数変換後の積分領域をとすると,式(8)は,式(10),式(14)などより,
(22)
のように書き換えることができる.
上記の変数変換に関する模式図を,以下に示す.
ヤコビアンの導出:微小面積素と外積(ウェッジ積)との関係,およびヤコビアンに絶対値がつく理由
微小面積素と外積(ウェッジ積)との関係
前節では,式(21)
を提示しただけであった.本節では,この式の由来を検討しよう.
微小面積素 は,微小線素とが張る面を表す.
(※「微小面積素」は,一般的には,任意の次元の微小領域という意味で volume element(訳は微小体積,体積素片,体積要素など)と呼ばれる.)
ところで,2辺が張る平行四辺形の記述には,ベクトルのクロス積(cross product)を用いたことを思い出そう.クロス積は,とを隣り合う二辺とする平行四辺形に対応付けることができた.
このベクトルのクロス積 を一般化した演算として, ウェッジ積(wedge product; 楔積くさびせき ともいう) あるいは 外積(exterior product) が知られており,記号 を用いる.なお,ウェッジ積によって生成される代数(algebra; 多元環)は,外積代数(exterior algebra)(あるいは グラスマン代数(Grassmann algebra))であり,これを用いて多変数の微積分を座標に依存せずに計算するための方法が,微分形式(differential form)である(詳細は別稿とする).
,のなす「向き付き平行四辺形」をクロス積に対応付けたのと同様,微小線素とがなす微小面積素を,単にと表すのではなく,クロス積の一般化としてウエッジ積 を用いて
(23)
と書くことにする.に基づく面積分では「向き」を考慮しない.それに対してウェッジ積では,ベクトルのクロス積と同様,
(24)
の形で,符号()によって微小面積素に「向き」をつけられる.
さて,全微分(20)について,を係数,とをベクトルのように見て, をクロス積のように計算すると,以下のような過程を得る(ただし,クロス積同様,積の順序に注意する):
(25)
ただし,途中,各をで置き換えて計算した.さらに,クロス積と同様,任意の元に対してであり,任意のに対して
(26)
(27)
が成り立つため,式(25)はさらに
(28)
となる.
上式最後に得られる行列式は,変数変換(17)に関するヤコビアン
(29)
(30)
を得る.
ヤコビアンに絶対値がつく理由
上式 (30) は,ウェッジ積によって微小面積素が向きづけられた上での,変数変換に伴う微小体積素の変換を表す.ここでのヤコビアンは,に対するの,「拡大(縮小)率」と,「向き(符号)反転の有無」の情報を持つことがわかる.
式 (30) ではウェッジ積による向き(符号)がある一方,面積分 (16) に用いる微小面積素は向き(符号)を持たない.このため,ヤコビアンに絶対値をつけてとし,「向き(符号)反転の有無」の情報を消して,「拡大(縮小)率」だけを与えるようにすれば,式(21)
のようになることがわかる.
なお,積分の「向き」が計算結果の正負に影響するのは,1変数関数における積分の「向き」の反転
にも表れるものである.
ヤコビアンの例題:2重積分の極座標変換
ヤコビアンを用いた2重積分の変数変換の例として重要なものに,次式
(31)
で定義される,2次元直交座標系から2次元極座標系への変換(converting between polar and Cartesian coordinates)がある.
前々節で述べた手順に従って,で定義される関数の,領域での積分
(32)
(33)
で表すことにする.
式(31)より,については
(34)
である.
微小体積については,式(31)より計算されるヤコビアンの絶対値を用いて,
(35)
となる.これは,前節までに示してきた,微小面積素の変数変換
式(21)
の具体的な計算例に他ならない.
(36)
を得る.
この計算は,ガウス積分の公式を証明する際にも用いられる.ガウス積分の詳細については,以下の記事を参照のこと.
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