ベクトル空間(線形空間)および計量ベクトル空間(内積空間)の定義と公理【線形代数】

【この記事の概要】

ベクトル空間(線形空間)および計量ベクトル空間(内積空間)の定義を述べます.

ベクトル空間は,和とスカラー倍の演算について閉じた集合です.

特に,係数体が実数体であるベクトル空間を実ベクトル空間(実線形空間)といい,係数体が複素数体であるベクトル空間を複素ベクトル空間(複素線形空間)といいます.

ベクトル空間に対して内積の演算が付加された集合を,計量ベクトル空間(内積空間)といいます.

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ベクトル空間(線形空間)の定義

ベクトル空間(線形空間)の定義

ベクトル空間は,おおまかにいって,和とスカラー倍の演算について閉じた集合のことである.

ベクトル空間(線形空間)の定義
係数体(四則演算が定義された係数の集合)K が与えられているとする.このとき,集合 {\bf V} が,次の2つの条件(Ⅰ)(Ⅱ)を満たすとき, {\bf V} を「 体 K 上の ベクトル空間(vector space over the field K) 」という.ベクトル空間は 線形空間(linear space) とも呼ばれる.

  • (Ⅰ) ^\forall{\bf x},{\bf y}\in {\bf V} に対する演算として (addition) {\bf x}+{\bf y}\in {\bf V} が定義され,次の4つの法則が成り立つ.
    1. 結合法則(associativity):({\bf x}+{\bf y})+{\bf z} = {\bf x}+({\bf y}+{\bf z}) (^\forall{\bf x},{\bf y},{\bf z}\in {\bf V})
    2. 交換法則(commutativity):{\bf x}+{\bf y} = {\bf y}+{\bf x} (^\forall{\bf x},{\bf y}\in {\bf V})
    3. 加法単位元(additive identity):{\bf x}+{\bf 0} = {\bf x} (^\forall{\bf x}\in {\bf V}) を満たす元 {\bf 0}\in {\bf V} がただ一つ存在する
    4. 加法逆元(additive inverse):{\bf x}+{\bf x}' = {\bf 0} (^\forall{\bf x}\in {\bf V}) を満たす元 {\bf x}'\in {\bf V} がただ一つ存在する( {\bf x}'-{\bf x} で表す)
  • (Ⅱ) ^\forall a\in K と,^\forall{\bf x}\in {\bf V} に対して,スカラー倍(scalar multiplication) a{\bf x}\in {\bf V} が定義され,次の4つの法則が成り立つ.
    1. 係数体に関する分配法則(distributivity on field addition):(a+b){\bf x} = a{\bf x}+b{\bf x} (^\forall a,b \in K, \; ^\forall{\bf x}\in {\bf V})
    2. ベクトル和に関する分配法則(distributivity on vector addition):a({\bf x}+{\bf y}) = a{\bf x}+a{\bf y} (^\forall a \in K, \; ^\forall{\bf x},{\bf y}\in {\bf V})
    3. 結合法則(associativity):(ab){\bf x} = a(b{\bf x}) (^\forall a,b \in K, \; ^\forall{\bf x}\in {\bf V})
    4. 単位元(identity):1{\bf x} = {\bf x} (^\forall{\bf x}\in {\bf V})

実ベクトル空間(実線形空間)の定義

係数体が実数体であるベクトル空間を,実ベクトル空間(実線形空間)という.

実ベクトル空間(実線形空間)の定義
係数体 K が 実数体 {\mathbb R} で与えられるとき,その上のベクトル空間(線形空間)を,実ベクトル空間(real vector space) あるいは 実線形空間(real linear space) という.

複素ベクトル空間(複素線形空間)の定義

係数体が複素数体であるベクトル空間を,複素ベクトル空間(複素線形空間)という.

複素ベクトル空間(複素線形空間)の定義
係数体 K が 複素数体 {\mathbb C} で与えられるとき,その上のベクトル空間(線形空間)を,複素ベクトル空間(complex vector space) あるいは 複素線形空間(complex linear space) という.

計量ベクトル空間(内積空間)の定義

ベクトル空間に対して内積の演算が付加された集合を,計量ベクトル空間(内積空間)という.

計量ベクトル空間(内積空間)の定義
係数体 K を 実数体 {\mathbb R} または 複素数体 {\mathbb C} とする,K 上のベクトル空間 {\bf V} が与えられたとする.このベクトル空間 {\bf V} が,内積(inner product)と呼ばれる写像

(1)   \begin{equation*} \langle \cdot  , \cdot \rangle : {\bf V} \times {\bf V} \to K \end{equation*}

を備え,かつ,この内積が次の3つの性質

  1. 共軛対称性(エルミート対称性):\langle {\bf x}, {\bf y} \rangle = \overline{\langle {\bf y}, {\bf x} \rangle} (^\forall{\bf x},{\bf y}\in {\bf V})
  2. 線形性:\langle a{\bf x}+ b{\bf y} , {\bf z} \rangle = a\langle {\bf x}, {\bf z} \rangle + b\langle {\bf y}, {\bf z} \rangle (^\forall a,b \in K, \; ^\forall{\bf x},{\bf y},{\bf z}\in {\bf V})
  3. 正定値性:\langle {\bf x}, {\bf x} \rangle \ge 0, \; \langle {\bf x}, {\bf x} \rangle = 0 \Rightarrow {\bf x} = 0 (^\forall{\bf x}\in {\bf V})

を満たすものであるとき, {\bf V}計量ベクトル空間(metric vector space) あるいは 内積空間(inner product space) という.

ベクトル空間(線形空間)の公理

「ベクトル空間の定義」における2つの条件「(Ⅰ)和 」 と「(Ⅱ)スカラー倍」 に関する計算規則の全体を,ベクトル空間の公理(axioms of vector spaces)という(※1).

「任意の元が〈ベクトル空間の公理〉を満たすような集合」が,ベクトル空間である(※2,3).

(※1)「定義」と「公理」の違いについて:定義(definition)とは,曖昧な部分がないように言葉の意味を定めることである.他方,公理(axioms)とは,ある数学的対象が満たす諸定理がそこから演繹される(導き出される)もととなる,計算規則(の集まり)のことである.

(※2)「ベクトル空間」の名称について:例えば,集合の上で閉じた二項演算がひとつ定義され,結合法則・単位元の存在・逆元の存在が満たされているとき,その集合は群(group)である.また,集合の上で閉じた,いくつかの性質を満たす2種類の二項演算(和と積)が定義されているとき,その集合は環(ring)である.このように,数学では,ある集合(set)の上に,和や積などの特定の算法が定義されると,その算法を公理に含ませ,それよって数学的構造を特徴づけることができる.例示した公理系にそれぞれ「群」や「環」の名称を用いるのと同様,定義された公理系に「〇〇空間(〇〇space)」などと名付けることがある.「ベクトル空間(線形空間)」はそのひとつである.さらに,内積が定義されたベクトル空間は「計量ベクトル空間(あるいは 内積空間)」という.このように既存の公理系に対してさらに別の演算を定義して付加することにより,別の空間(公理系)をつくることもある.

(※3)ベクトル空間の元について:ベクトル空間の公理を満たす集合の元であれば,なんであれ,ベクトル空間 {\bf V} の元となり得る.「ベクトル空間」という名称にもかかわらず,その元の具体的な表現は,n 次元ベクトル {\bf a}^{\top} = \left( a_0, a_1,...,a_i,...,a_{n-1} \right) などに限られるわけではない.

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